« 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア【アニメレビュー】 | トップページ | PSYCHO-PASS サイコパス【アニメレビュー】 »

2020年7月13日 (月)

魔法少女まどか☆マギカ【アニメレビュー】

_400_20200713143901

今日は2010年代を代表するアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』(まどか)のレビューです。

『まどか』は、原作Magica Quartet。
Magica Quartetというのは、アニメ監督の新房昭之さん、脚本家の虚淵玄さん、漫画家の蒼樹うめさん、そして制作会社のシャフトの4者を意味してます。
それぞれの分野で実績のある4者を前面に出すことで、漫画などの原作がないオリジナルアニメをブランディングしたわけです。

本作、かなりトリッキーな物語構造を持っており、3話くらいまでは、ありきたりな魔法少女もの(魔法を使える少女が悪者を退治する話)に見えるので、こうしたビッグネームを前面に出していなければ、私も視聴しなかったと思います。


さて、レビューするにあたり、本作はこのトリッキーさが課題になります。
次々に起こる計算されつくしたどんでん返しに魅力のある作品なので、ネタバレなしに語ることはできません。

とはいえ、もう10年も前の作品なので、アガサ・クリスティーの『そして誰もいなくなった』の結末を知らない人がいない程度には有名という前提で書かせていただきます。


この作品は2つのどんでん返し(構造転換)で作られています。
一つは魔法少女の正体、もう一つは、物語の主人公は誰か、ということです。
この物語構造とテーマの話に入る前に、本作では、アートワークの魅力について語る必要があります。

と、その前に、最低限度のあらすじを・・・

主人公「鹿目まどか」の中学校に「暁美ほむら」が転入してくる。
放課後、友人の「美樹さやか」とショッピングモールに出かけるが、店内で道に迷う。
そこで白いぬいぐるみのような動物(キュゥべえ)が暁美ほむらに追われ、攻撃されている場面に出くわす。
さやかの加勢もありキュゥべえを救い出すが、いつの間にか周囲が魔界のような異空間となっており、その住人たる怪物に襲われる。
そこに上級生の「巴マミ」が現れ、魔法少女に変身し、二人を救出する。
魔界のような異空間は、人間を襲う魔女と呼ばれる魔物の結界とのこと。
その後、キュゥべえは、まどかとさやかにキュゥべえと契約して魔法少女になれば、一つだけ何でも願いをかなえると持ち掛けるが・・・

本作のアートワークは、劇団イヌカレーという二人組のアニメーターが担当しています。
シャフトの作品である『化物語』のEDで、切り紙細工のようなコラージュで映像を作るなど、セルアニメとは異なった手法でのアニメを作っていました。

魔女の結界という異空間を表現するにあたり、従来のセルアニメと異なるイメージを必要としたのでしょう。
本作では『化物語』では控えめだった彼らのセンスを開放しています。

彼らのアートディレクションの特徴は、現代アートのイメージをアニメに取り入れることにあります。
こちらは、『化物語』後、『まどか』前に、『さよなら絶望先生』のオープニングとしてイヌカレーが制作した映像の一シーンです。
主題歌のタイトルが『林檎もぎれビーム!』なので少女の頭がリンゴです。

__400_20200713144101

この頭がリンゴといえば、皆さんは思いだしますよね。
そう、ルネ・マグリットの『人の子』を。

__400_20200713144102

ルネ・マグリットはダリと並ぶシュルレアリスムの大家です。
シュルレアリスムというのは、芸術表現の破壊(を通じて社会通念を破壊する)を目指したダダイズムの流れと、フロイトの深層心理学の融合から、人間の心の奥底にある無意識的なものを表現しようとした芸術運動です。
ダリもそうですが、人の心を不安に駆り立てる表現を得意としている表現手法です。

このシュルレアリスムからポップアートが生まれてきます。
そして、ポップアートの後継者として有名なのが日本の村上隆さんです。

『まどか』も、しっかり村上隆さんをリスペクト指定ますよ。
物語全体を通じて重要な役回りの「お菓子の魔女(シャルロッテ)」。

1_400 2_400_20200713144301

どこかで見たことありませんか?

ちなみにこれは村上隆さんの代表作。

_400_20200713144401

こうしたアートの文脈でアニメを見てみると、意外な発見があったりします。
(『進撃の巨人』って、つまるところゴヤだよね、とか)

さて、じゃあ何で村上隆か?
少し強引に、かいつまんで言うと、村上さんの主張に「原爆のせいで日本人は幼児的で特殊な奇形的文化を形成した」というものがあります。
無茶苦茶簡単にいうと「日本人は大人になれない」ということ。

『まどか』のテーマも「大人になれない」「大人にならない」と言えます。

『まどか』において、中盤、魔女の正体が明らかになります。
それは、魔法少女が夢と希望を失い絶望すると魔女になるというものです。
そして、終盤、この物語は、魔法少女にならない鹿目まどかではなく、まどかを魔女にしたくない暁美ほむらの物語であることが明らかになります(主役の交代)。

魔女についてキュゥべえは言います。
「この国では、成長途中の女性のことを、少女って呼ぶんだろう?」
「だったら、やがて魔女になる君たちのことは、魔法少女と呼ぶべきだよね」

魔女というのは、大人になった少女のことです。
『まどか』とは、少女が「大人になりたくない」と言っている物語なのです。

失恋を通じていち早く大人になった美樹さやかを見ておびえ、「私たちは大人にならないでおこうね」とまどかとほむらが約束し、その淡い約束が踏みにじられる話です。

終盤、まどかの犠牲ののち現実を生きるほむらは、まどかの弟、つまり子供だけがまどかを覚えていることを目にします。
円環の理(神さまになったまどかの名前)という概念は、少女という概念として子供だけが知っている。
まあ、ピータパンそのものなのですが・・・

そして、ほむらもいずれはソウルジェムが濁り、大人になっていくのです。
なるはずだったのです・・・

あの劇場版が作られなければ・・・

 

 

« 機動戦士ガンダム 逆襲のシャア【アニメレビュー】 | トップページ | PSYCHO-PASS サイコパス【アニメレビュー】 »

コメント

この記事へのコメントは終了しました。

フォト

最近のコメント

最近のトラックバック

2022年1月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ