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2020年7月15日 (水)

PSYCHO-PASS サイコパス【アニメレビュー】

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さて今回は2012年のアニメ『PSYCHO-PASS サイコパス』です。

このアニメのヒットでgoogle検索でも「サイコパス」というアニメがヒットしますが、もともとサイコパスというのは、反社会性パーソナリティ障害者を指す心理学用語です。
この場合はpsychopathと綴ります。
心理のpsychoと病や感情を意味するpathyから来た造語ですね。

この場合のサイコパスというのは、同情心が薄く、酷薄で、嘘を平気でつき、他人を心理的に支配・操作することに罪悪感を感じない人といったイメージです。
皆さんの周囲にもたくさんいますね。


さて、アニメのサイコパスですが、テレビドラマ『踊る大捜査線』の監督として知られる本広克行さんが総監督として企画し、『魔法少女まどか☆マギカ』で知名度を得た虚淵玄さんがメインストーリーライターとして基本的な物語の骨格を作り上げたものです。
非常に完成度が高く、大ヒットしたことから、何作かの映画と続編が作られています。

とはいえ、私にとっては、ヤマトが『さらば』で終わっているように、『PSYCHO-PASS サイコパス』は本作と映画第1作で完結しています。

なお、「私にとって完結」としては、他には小説版『幻魔大戦』があります。
『幻魔大戦』→『ハルマゲドン』→『ハルマゲドンの少女』で奇麗に完結しており、その後の『deep』などなく、ましてや「アニメ映画?なんですかそれ?」と。

で、本作『PSYCHO-PASS サイコパス』ですが、

100年後の未来である2112年の日本は、東京らしき都市一つだけが残り、そこだけに人が住むようになっています。
大きな戦争や天変地異があり、旧来の国家が衰退した世界のようです。
外国はあるようですが、内戦や貧困に苦しみ、都市国家の日本だけが繁栄しています。

この繁栄を支えているのが、人間のあらゆる心理状態や性格傾向の計測を可能とし、それを数値化する機能を持つ「シビュラシステム」であり、シビュラをベースにした適性に合った職業選択です。
つまり、超絶管理社会ということです。

物語の軸は、厚生省管轄の警察組織「公安局」の刑事が連続猟奇殺人事件の黒幕(槙島聖護)を追うというものです。

さあ、ここで重要なポイントが出てきました。
警察が厚生省管轄ということです。

要するに作者は「管理社会では自由意思はなく、自由のない場所に罪はなく、罪がないなら罰もなく、ただ病と治療(癒し)のみがある」と言っているわけです。
いきなりドストエフスキーをぶち込んできました。

このシビュラの世界は、戦争と環境破壊で滅亡に瀕した人類が生き残るための最良の手段と推進者(人工知能であるシビュラ自身)は考えています。

少し人類の現状を振り返ってみましょう。

いま人類は、石油のような地球が何万年もかけて、下手をすれば億の年月をかけて作った資源を、湯水のように浪費し、食い尽くしています。
石油だけではなく、建物を作るセメントも、1億年の時を経て作られた資源。
それをあっという間にビル群や大砲のトーチカに変えてしまいました。
あと百年を待たなくても破綻することは見えています。

この予定された破滅を避ける方法は大きく二つです。

一つは文明を捨てて野生に帰ること。
しかし、そればできません。
生物的に人間の遺伝子を持っていても、もはや人間ではない猿人でしかないからです。

もう一つの手段は、地球の再生産能力の範囲で活動すること、つまるところ人口を数億人程度に減らし、その発展を管理する、むしろ発展しないようにすることです。
三百人委員会(陰謀論に出てくる世界の支配者)は、それを『人類牧場計画』といいます。

『人類牧場計画』が、このシビュラの世界です。
当然、ディストピアであり人間性を否定した社会です。

そこで、本作では社会の外側からシビュラの世界を破壊しようとする槙島聖護を追いながら、ディストピアのグロテスクさを暴く筋立てになっています。
槙島聖護は、犯罪は人間の自由精神の表れであり、猟奇的であるほど人間性を発揮していると考える革命家なわけです。

通常、こういったディストピアものでは「管理された社会を脱出して自由を取り戻そう。人間賛歌!」となるところですが、本作は、その先を描いたことに画期があります。

新任の刑事である常守朱は、終盤、世界のからくり(人間がGAFAのAIに支配されている)を知ります。
そこで彼女がとった選択は、シビュラの破壊とか、シビュラのいない世界への旅立ちではありませんでした。

もちろん、シビュラを温存している限り、そこは理想社会ではありません。
本質的には、シビュラがなくても人類が欲望をコントロールし、地球を食い尽くさないようにすることが真に求められる結末です。
しかし、そんな風に人類が賢明になることなど、まったくもってリアリティが無いのです。
まずは、管理社会と折り合いをつけながら、人類の成長を待つしかないと考えたわけです。

その意味では、本作は、地球と人間の共生について、最先端に立った作品と言えるでしょう。

今の人類は、ここが精一杯です。

 

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