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2006年5月10日 (水)

「欲望」は世界を滅ぼします-経済学談義

ここ数日、経済学が好きな官僚さん(?)と議論をしていて気がついたのですが、一般的に古典派の経済学を信奉している人はそれ以外の経済学を「トンデモ」だと思っているようですね。

だから、私が「合理的経済人なんて存在しない」「市場など空想の産物だ」「欲望を肯定したら市場原理ですべて上手くいくなんて、カルト宗教だ」と言っても、全然理解してくれません。

これ、単にガルブレイスの請け売りなんですけどね……

> ガルブレイス
> 1908~ 現代の世界の代表的な経済学者の一人。
> 現代の主流派経済学の狭い理論的方法の枠を脱し,広い視野と鋭い
> 現実感覚と豊かな着想力で,現代社会と経済の特質を的確に把握し
> 多彩に表現することに優れている。
> 『ゆたかな社会』(1958)において大企業体制の確立に伴う“依存効果”
> を指摘して,消費者主権の危機を警告した。
> 『新しい産業国家』(1967)でこれをさらに発展させ,アメリカのような
> 高度に発達した経済社会では市場機構は実質的な機能を失い,専門的な
> 経営者・技術者の集団である“テクノストラクチュア”と大型政府による
> 管理と計画化が進行して,経済の成長と安定に貢献している一面のある
> ことを主張した。

> 1967年の「新しい産業国家(邦題)」で彼は、アメリカにおいて完全競争
> の仮定に当てはまるような産業は実際には殆ど存在しないことを述べている。

どうも、東大経済学部出の頭の良い先輩が言うには「古典派は、ケインジアンとか共産主義は、決して認めない」とのこと……

う~む、何か深い溝があるようです。

でも、ガルブレイスさんの主張の偉大なところは、「経済って、けっきょく金持ちとか大企業が大もうけするように出来ていて、政治もそいつらがもうかるように、いっしょうけんめいやってるんだろ?」と的確な指摘をしていることです。

当然ですよね。

国家とは大企業なんだから……

税収も雇用も、それに伴う福祉も、全部大企業がまかなうのが資本主義というものです。
中小企業やベンチャーだって、所詮は大企業に寄生・共生して生きているに過ぎません。
いえ、公的セクターだって、結局大企業に寄生しているのです。

しかも、ベンチャーの雄、インテルやマイクロソフトがエコシステムなんて言っているのも、裏を返せば、社会において大企業が存在するという環境(エコシステム)を彼らが利用して儲けている事に他なりません。

でも、面白いのは、古典派の経済学を信奉する人は、古典派を否定すると、すぐに、それでは計画経済(要するに全体主義)が「効率的」なのか、と反論することです。

なんで、古典派以外はすべて全体主義なのか?
また、「効率」って何?

いえまあ、ボクも古典派の理論は、よく存じております。
でも、米国流のグローバリゼイションを見てきて、とことん古典派がイヤになりました。
「欲望」は世界を滅ぼします。

で、古典派の立場から、ボクら「反経済学」主義者を批判する小説が、2chで書かれて、まとめサイトでまとめられています。
今、これが評判を呼んでいるようです。

日本で焚書坑儒が行われ、経済学者が全滅した近未来小説です。
経済学者が居なくなったために、有効な経済政策が打てなくなって、どんどん経済が破綻して、最後には恐慌になるという……
コミカルな文章で、ほんと面白いです。

でもね……

なんで、経済学=古典派なの?
マル経の学者は埋められたの?

しかも、経済学者が居なくなっただけで、日本が社会主義国になるというのは、まあフィクションだからいいけど、ボクら「反経済学」主義者にとっては、言いがかりもいいところです。

ま、ボクら「反経済学」主義者は、経済学者なんて「有効な経済政策」なんて打てないでしょ、と思っているので、おあいこですけどね。

◆今日も読んでくれてありがとう

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コメント

>で、古典派の立場から、ボクら「反経済学」主義者を批判する小説が、2chで書かれて、まとめサイトでまとめられています。

そのスレ呼んだけど、古典派には限定されてなかったと思いますが。
金利や財政などのケインズ政策にも触れられてます。モデルとなったのは昭和恐慌時の経済政策の失敗だと思います。
それとガルブレイスもケインズも経済学シャに含まれてるわけで、彼らの言ってることを肯定するなら反経済学ではないのでは?
なんで経済学を批判する人は古典は=経済学だと思ってしまうのかがわかりません。

投稿: | 2006年5月11日 (木) 23時15分

思いっきり噛み合ってないのは、
bewaad氏のところに来ている方々を古典派と思い込んでるからでは?
あの人たちは分類するならニューケインジアンって人が多いと思いますよ。
彼らにとって、古典派とか新古典派とか新自由主義とかは
どっちかと言うと仮想敵です。

投稿: hoge | 2006年5月12日 (金) 22時17分

日本では、新古典派はあまり人気がない印象を持っています。特に東大なんて、ニューケインジアンばかりではないかなあ。ブラウン助教授はカーネギーメロン卒だし新古典派に近いのでしょうか。

超有名な経済学者のガルブレイス評をあげておきます。どれも山形氏のサイトから。
ポール・クルーグマン
「世間的には大経済学者の見本と未だに思われていますが、ほとんどのまじめな経済学者には知的な素人できちんと考えをつめるだけの根気がないやつに見える」

グレゴリー・マンキュー(大統領経済諮問委員会の(前?)委員長)
「わたしは昔から人間としてのガルブレイスのファンだった。とはいえ、経済学者としてのガルブレイスの結論にはほとんどすべて賛成できなかったけれど。ガルブレイスは自分の思いこみだけで動いており、自分の職能の告げる内容にはしたがわなくてもいいと思っていた。」

新古典派とニューケインジアンが(以前ほどではないにしろ)いがみあっているのは確かでしょうが、ガルブレイスはどちらからも評価されていないと思います。マル経は、噂も聞いたことがないので、よくわかりません。

投稿: ディンブラ | 2006年5月13日 (土) 05時21分

上でディンブラ さんご紹介のクルーグマンの文章(http://cruel.org/krugman/evolutej.html)は、西麻布さんにお読みいただく価値があるのではないかと。新ケインズ派かつ新古典派を自称するクルーグマンが、非伝統的なアプローチを好む進化経済学者たちの前で行った講演録です。西麻布さんのお考えに近い部分も多いんじゃないでしょうか?

==== 以下引用(カッコ内は引用者) ====
伝統的な経済学が(略)ゴリゴリの極端な想定をしているというのはまちがいないことだからです。(略)伝統理論の圧倒的多数は、エージェントたちは知的なばかりでなく、最大化する――つまり、あらゆる代替案の中で最高のものを選ぶ、ということになっているからです。そして相互作用するときには、経済学者はかれらが均衡に到達すると想定します。各個人が、ほかの人々の行動の中で達成できる最高のものを実現している、と想定するわけです。

さて、現実世界を見てみた人ならだれしも、これがあまりに極端で非現実的な想定だというのはわかります。(略)市場は明らかに均衡していないんです。じゃあ最大化と均衡というアプローチを離れて、もっと現実的なものを探したらどう?

(というわけで、進化経済学者は「最大化」と「均衡」に頼らないアプローチを探求している...)

わたし自身は誇り高き新古典派たど思っています。だからといって、わたしが完全競争を一から十まで信じているってことじゃないのは当然です。この世を理解しようというとき、できるだけ個人が最大化してその個人のやりとりが何か均衡概念でまとめられるようなモデルを使うのが好きだ、という意味です。この種のモデルが好きなのは、それが文字通りの真実だと思っているからではなくて、思考をまとめるにあたって、最大化と均衡の力を思い知っているからです(略)。

 さて、さはさりながら、最大化と均衡を便利なフィクション以上のものと考える経済学者は確かにおります。そういう人たちは、それを文字通りの真実と考えるか――日々の経験の現実を見てなんでそう思えるのか、かなり理解不能なんですが――あるいは経済学のあまりに確信にある原理なので、いささかなりとも曲げてはいかん、それがどんなに便利だろうと絶対ダメ、と思っているかのどっちかです。
(略)
ひとことで、わたしは経済学者たちが進化理論家から重要なことを学んでくれたら、経済学はずっと生産的な場所になると思っています。モデルはメタファーでしかなく、だからモデルを使ってもモデルに使われちゃいけない、ということです。

投稿: | 2006年5月13日 (土) 13時42分

みなさまコメントありがとうございます。

>名無し(?)様
全体主義批判的な論調に見えたので誤解しました。
ご指摘ありがとうございます。

>hoge様
今日まで、クルーグマン先生を古典派と思いこんでいました。
もう一人の(?)名無し(?)様の引用文で、理解できました。
不勉強を恥じています。(^_^;

>ディンブラ様
ニューケインジアンと新古典派の対立という視点で見るべきだったのですね。
勉強になります。
ガルブレイス先生は、かなり「異端」の学者のようですね。
一般人でも共感できることを言っているのですが、数式を利用しないので、理論的な精緻性に欠けるのが欠点かもしれません。
ただ、学ぶべき事も多いのではないかと考えています。

>もう一人の(?)名無し(?)様
URLと引用ありがとうございます。
非常に共感できる内容です。
これを読むと、なぜガルブレイス先生をこき下ろしているのか、と言う点が分かりにくくなりますね。
ガルブレイス先生が、一切の伝統的アプローチを否定するのが、極端すぎると感じているのかもしれませんね。

投稿: 西麻布夢彦 | 2006年5月13日 (土) 20時53分

いくつか補足を。

ガルブレイスの理論は実証的裏付けがないことが、全体としてただのお話し止まりになっているのかなと思っています。そんなに大企業の経済支配力は強くなさそうだ、ってことです。数式的精緻さがないだけだったら、数学が得意な人が間違いなく定式化しているはずです。数学的精緻かと、そのインプリケーションって論文作成の常套手段の一つですから。もちろん、アイディアとして学ぶことは多いと思いますが。
広告についての論文とかだと現在でもガルブレイスが引用されているのを見かけますし、異端だけど、黙殺されているわけではないのでしょう。アメリカ経済学会の会長までしているのはよくわかりませんが。他は正統派経済学者ばかりに見えます。政治力が強いからかなあ?

ニューケインジアンと新古典派の論争は、あまり強調しないほうがいいと思います。価格硬直性を導入した新古典派モデルとか、ニューケインジアンモデルに技術ショックとか、両者の境目はあいまいになってきています。何より、経済学者が他の分野の人と話すときには、両者の意見が一致する点について話すことが圧倒的に多いので。

投稿: ディンブラ | 2006年5月13日 (土) 21時56分

クルーグマン記事を引用したものです。私が略した部分も含めて、ぜひ全文をお読みいただきたいと思います。

クルーグマンの主張は、最大化と均衡は現実そのままじゃないけど、現実をとらえる上でとても役に立つフィクションだ、というものだと思います。そして、その便利な道具の意義を否定したがる(目の前に並んでいる!)進化経済学者たちを「まったくのアホダラ経を量産しているのに、自分では何やら正統教義のくびきから逃れているのだと思い込む傾向がある」と手厳しく批判し(おそらくガルブレイスもここと同類に入れられています)、また一方で最大化と均衡をそのまま字面どおり崇拝する経済学者たちをも批判しています。

進化生物学者をみならって、「思考をまとめるにあたって、最大化と均衡の力を思い知って」かつ「モデルはメタファーでしかなく、だからモデルを使ってもモデルに使われちゃいけない」とわきまえて使おう、というわけです。

さて、bewaadさんのブログで西麻布さんの意見が論議を巻き起こした理由の一つは、西麻布さんがいったい「最大化」「均衡」などのモデルの現実分析における妥当性を「完全に否定している」のか、「あてはまる場合もあるが他にもっとよいモデルがある」と思っているのか、それとも(伝統的な経済学者のように)「多くの場合に便利に使えるモデルだが限界もある」と思っているのかがわからなかった(素直に読むと、どんな場合も完全に否定しているように読める)からだと思います。

投稿: | 2006年5月13日 (土) 23時04分

エントリ中のガルブレイスの紹介(「>」を行頭に置いている部分)はどこかからの転載ですか?

それが自分以外の著者による文章なのであれば、出典を示すべきです。

投稿: 内容とは関係ありませんが | 2006年5月14日 (日) 13時15分

>ディンブラ様
補足ありがとうございます。
ガルブレイスさんへの批判の一つとして、それほど大企業の経済支配力は高くなく、市場の審判を受けるのではないか、というものがありますね。
私も、これは克服すべき課題だと思います。

一方で、民は市場原理により合理的に動き、官には市場原理が働かないという言い方は、「官の甘え」を生んでいるのではないか、と感じています。

今後とも、ご教示お願い致します。

>名無し(?)様
是非、全文を読んだ上で、またエントリーを立てて感想など反させて頂きたいと思います。
いろいろご教示ありがとうございます。

>内容とは関係ありませんが様
引用のルールを守るよう、今後注意致します。
ご指摘ありがとうございました。

投稿: 西麻布夢彦 | 2006年5月14日 (日) 21時08分

参考になります!
また読ませてください!!
レポートを書かなくては…(笑)

投稿: TAKAのサッカー日記 | 2006年6月10日 (土) 09時29分

>TAKAのサッカー日記様
コメントありがとうございます。
今後ともよろしくお願いいたします。

投稿: 西麻布夢彦 | 2006年6月11日 (日) 20時51分

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