エリートの凋落-銀行の歴史的使命の喪失
今回のエントリーは、なんとなくしっくり来なかったので、一度アップを見送ったのですが、官僚さんや企業の法務部門に勤める方(知的エリートの皆様)が、政治家の「保守的な」発言に反発する形で銀行の消費者金融業務参入にすれていることから、金融の世界の激変というものが、世の中のトピックなんだなと思い直し、アップすることにしました。
いろいろ出来の悪い文章ですが、おつきあい頂けると幸いです。
まず、見識のないと糾弾される政治家の発言は、これです。
> 週刊現代今週号に消費者金融について金融庁を担当する与謝野大
> 臣・後藤田大臣政務官がコメントを寄せています。
> それぞれ、「消費者金融の高金利については法整備を進めていき
> ますが、メガバンクが消費者金融と提携していることは、各行の
> 人生観が問われる問題です。われわれ(金融庁)はとやかく言い
> ませんが、(メガバンクのやり方は)私の趣味には合っていませ
> んね」「銀行の仕事は利益追求だけではないはずです。社会にし
> っかり目を向け、お金をどう振り分けるか。それが銀行の本来の
> 仕事のはず」(以上与謝野大臣)、「メガバンクは、経営危機を
> 6兆円にものぼる国民の税金による公的資金を投入してもらって
> 救われた、税金を使わせてもらったことを真剣に考えれば高利な
> 事業はできないはずだ」(以上後藤田大臣政務官)といったよう
> なもの。
(BI@K 5/17より)
これに対して、官僚さんは「私企業の利潤追求がお嫌いなら、北朝鮮にでも亡命されてはいかがでしょう(笑)。」とジョークで辛辣に批判。
一方、法務をされている「ろじゃあ」さんは「こりゃ結構びっくりなコメントだったりするわけです」とやんわりと批判(法務の国のろじゃあ 5/16より)。
私自身は、銀行は産業資本の提供という歴史的使命を終え、企業としての存在意義を失う中、投資銀行への脱皮という素直な進化を阻害され(日本の政治や行政の失敗ですが)、仕方なしにサラ金として糊口を凌がなくてはならなくなった、かわいそうな人たちと考えています。
彼らのプライドは引き裂かれ、賤業に相応しい卑しさを身につけていくのでしょうね。
以下は、アップしようとしていたエントリーです。
ホリエモンのデタラメさを糾弾している公認会計士さんのブログに余談として、銀行批判がでてました。
>ゲームとしての犯罪 -3
> 長年にわたってゼロ金利で預金者を足蹴にし、手数料収入に血道
> をあげたり、怪しげな金融商品を売りつけたり、中小企業を容赦
> なく切り捨て、社会的弱者に対しては消費者金融という名の高利
> 貸しの片棒をかついで搾取を繰り返している日本の銀行。かつて
> 私達の学生時代、銀行といえば日本経済の中核に位置し、日本企
> 業の代表格として輝いており、憧れの存在でした。
時代が変ったといえばそれまでですが、それにしても最近の銀行
> は存在理由が以前に比べて稀薄になり、怪しげなショウバイに奔
> 走しているためでしょうか、銀行の頭取は何となく顔が悪くなっ
> てきたようです。)
まあ、頭取の顔が悪いかどうかはさておき、銀行が、かつての輝きを失ってきたのは確かですね。
良い資料がないので、農林中金総研のレポートを紹介しておきますね。
>銀行貸出減少の現状と今後(農林中金総研 金融市場2004年2月号)
ちょっと古い資料ですが、貸出残が順調に減っているのが分かります。
このレポートは中小企業への貸し渋りの話しなので、大企業への貸し出しは安定的ですが、これは低値安定という感じでしょう。
最近の銀行は個人向け貸付けを増やしているようです。
内閣府様のレポートによると
> そこで、国内銀行貸出の内容を貸出先別(末残)にみてみると、
> 企業向け貸出はマイナスが続いているものの、中小企業向けが
> 貸出減少幅を縮小している。加えて、住宅ローンや地方公共団体
> 向け貸出がプラスで推移し、国内銀行貸出残高の回復を牽引して
> いるといえる(図2)。
(今週の指標No.703 2006年3月6日)
どうも印象としては、銀行の対企業融資は、大きな流れとして減る一方のようです。
まあ、これは、よく言われている事なので、もっと適切な統計があるかも知れませんが……
言いたい事は、かつての産業資金提供という銀行の使命は終わり、今、銀行はサラ金(というか、住宅ローン)に血眼になっているということです。
「なにも、そんな仕事しなくても」とも思いますが、日本の商業銀行は投資銀行への変身に失敗してしまったので、もはや住宅ローンやサラ金くらいしかやることがないのでしょう。
今や、産業資金は、大企業なら転換社債を中心とした直接金融主体になっており、銀行貸し付けのような「めんどうな資金」を求めなくなっているからです。
なにせ、社債は大衆に広くばらまきます。
そのおかげで、銀行借入のように経営に口出されることもありませんから……
(大企業にとって、もっとも不愉快とされるのは、従業員以外が経営に口出しする事です。よそ者は黙っていろと……)
銀行員の皆さんは「本来ならもっと給与をもらえるはずが、ここ数年の銀行バッシングで低賃金に甘んじており不当だ」とお考えのようです。
でもね。
もう銀行員が高禄をはむ時代ではないかもしれません。
今の銀行員はババを掴まされたようです。
◆今日も読んでくれてありがとう
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コメント
TBありがとうございます。
銀行は色々な役割を担わされています。
ちょっと前には中小企業の貸出を維持しなさいとか貸し渋りはいけませんとか・・・そしてその一方で自己資本比率規制は厳しいものとなり、アセットは下手に増やせないのに貸し渋りはダメとか金融検査マニュアルがあるのにどうせえちゅうんやって事もままあったのではないかと・・・よく考えるとよく皆さん乗りきってきたなあという対応をここ10年せざるを得ない状態が続いてきたわけです。
その中でおっしゃるとおりジョイベンで貸金業務に「参入」して・・・というのも選択肢として選ばざるを得なかった銀行さんがあるのも事実でしょう。この場合貸し手というよりは投資家として関与し実質支配基準の中での連結の枠組みの中で連結自己資本比率規制で頑張るって枠組みでもあったと思うのです。
とはいえ、しわ寄せは支店へ支店へと・・・ということになっているのかもしれません。
その辺はそとからはうかがい知れないことが多いのかもしれません。
そこに今回の発言は・・・また試練を与えたともいえるのですね。
ですから私は驚いているわけです。
ただ私があまり声高に申し上げていないのは、これが真意かどうか測りかねてるからであります。
ホントに今までの銀行にかぶせられてきた枠組みを前提の発言なのかどうか。
いろんな可能性があるでしょう・・・大人の世界の話もあるかもしれません(実はこれがこわい)。
ですから私はもすこし事態を静観したいと思ってます。
長くなってすいません。
投稿: ろじゃあ | 2006年5月17日 (水) 20時35分
>ろじゃあ様
コメントありがとうございます。
銀行を取り巻く歴史的な重圧には頭が下がります。
「もっと早く株式業務に算入できていたら」
「金融再編とか、市場からの撤退などと言うハードランディング政策を採らなければ」
と残念に思っています。
証券業務と重複するために銀行が参入を阻まれた投資銀行業務ですが、丁半ばくちの世界に生きてきた証券会社が十分なサービスを提供出来ているとも思えないからです。
投稿: 西麻布夢彦 | 2006年5月18日 (木) 20時58分
< 銀行がアドバイザー業? >
そもそもプライベート・バンキングに代表されるアドバイザー業務の旨みは成功報酬にあります。
顧客が行う資産運用に適切な助言、あるいは一任勘定取引を請け負い、顧客が儲かった場合に応分の成功報酬を徴収するシステムのことです。
現実に欧米のヘッジ・ファンドは値上がり益の20%を成功報酬として顧客から徴収します。
当然ながらこのシステムは運用担当者の資質を、市場競争原理の世界にさらけ出してしまうでしょう。
かつて、あるいは今でも対面営業を主とする証券マンはこのアドバイザー業を任じてきました。
そのバックグラウンドは毎年何千人と入社し、数年後にほとんどが退職してしまう雇用体系といえましょう。
顧客や社内からの「君、正直に言ってこの仕事、向いてないんじゃないの」という一言が、お先真っ暗組の進退を決断させてきたわけです。
ヘッジ・ファンド業界ではReputation(評判、考評)と呼ばれるそうです。
http://www.tokyo-outlaws.org/takarada/nonstop.html
投稿: タンタロス | 2006年5月20日 (土) 12時53分
>タンタロス様
コメントありがとうございます。
もはや公務員化した銀行員に、過酷なれレピュテーションの世界で生きることは難しいでしょうね。
先輩達が築き上げてくれた財産で、サラ金などの資産を買って、それで食いつないで行くのでしょう。
みずほの最高益も、そういった時代の最後の輝きなのかもしれません。
投稿: 西麻布夢彦 | 2006年5月22日 (月) 23時10分