« ライブドア株主「救済」訴訟の虚妄 | トップページ | 弁護士過疎とか »

2006年3月 5日 (日)

ウェブの進化の果てに-ロングテールがもたらすモノ

universe官僚さんのHPで、ロングテールの話をしていたので、少し……

官僚さんは、梅田望夫氏の「ウェブ進化論」を引用しています。


> そこに圧倒的な技術革新が起きたために、局面は一気に動いた。
> 「何かを表現したって誰にも届かない」という諦観は、「何か
> を表現すれば、それを必要とする誰かにきっと届くはず」とい
> う希望に変わろうとしている。

で、官僚さんのコメントは、
> この観察が正しいなら‐そしてwebmasterは正しいと考えて
> います‐、本書の未来予測のうち1つは正しく当たっていて、
> もう1つはまったく外れています。

外れているというのは、「ウェブ進化論」が正しくても、「総表現社会にはならない」ということだそうです。
詳しくは官僚さんのHPを見て頂くのが、誤解がないでしょう。

まあ、ボクは、べつに官僚さんと相対立する話をしたくて、このエントリーを書いているのではないのです(だとすれば、コメントを投げます)。

ボクは、梅田望夫氏の「ウェブ進化論」の引用を読んで、こう思ったのです。

> ロングテールで弱小サイトに光が当たって、それが何になるのだろうか?
> 確かに「誰か」が、ボクを必要とするかもしれない。
> だけど、その「誰か」は、ボクが求めて止まない、あの「誰か」ではない。

ロングテールで繋がってみても、結局、求め合う人とは出会わず、人は根本的に孤独なのではないか?
技術の果てには「希望」があるのではなく、どうあっても絶対的に孤独な自分に出会う「絶望」があるのではないか?

そこんとこハッキリしてください!>エライ人

|

« ライブドア株主「救済」訴訟の虚妄 | トップページ | 弁護士過疎とか »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/154334/8958303

この記事へのトラックバック一覧です: ウェブの進化の果てに-ロングテールがもたらすモノ:

« ライブドア株主「救済」訴訟の虚妄 | トップページ | 弁護士過疎とか »